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大津地方裁判所 昭和28年(ワ)94号 判決 1956年7月12日

原告 森田いつ 外五名

被告 国

訴訟代理人 麻植福雄 外二名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は別紙目録記載の不動産につき、昭和二十六年九月十三日大津地方法務局受附第二一七六号をもつてなされた昭和二十二年七月二十八日物納による所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  別紙目録記載の不動産は元訴外亡森田米治郎の所有であつて、昭和二十九年七月十五日右訴外人の死亡によりその妻である原告森田いつ及びその子女であるその余の原告等が共同相続してこれが所有権を承継した。

(二)  右不動産については、昭和二十四年四月二十六日大津地方法務局受付第八三五号をもつて、昭和二十二年七月二十八日の財産税物納を原因として国がその所有権を取得した旨の所有権移転登記がなされたが、当時の所有者であつた森田米治郎においてかかる物納をしたことがなく、右は全く事実に反する登記であつたので、米治郎より当局に交渉の結果、昭和二十六年四月二十三日に至り該登記は錯誤に基くものとして抹消された。しかるにその後同年九月十三日に至り、大津地方法務局受附第二一七六号をもつて、再び前記物納を原因とする所有権移転登記がなされるに至つた。

(三)  しかしながら、(イ)上叙の如く森田米治郎は未だ曽て本件不動産を財産税のため物納したことはないのであるから、本件所有権移転登記は昭和二十四年四月二十六日になされた登記と同様事実に反する無効の登記である。(ロ)かりに当初物納がなされたとしても、右物納はその後当事者の合意により取消されたのである。しかるに被告はこのことを無視し、再び当初の物納を原因として本件所有権移転登記をなしたものであつて、右登記はこの点からしても登記原因を欠く無効のものである。(ハ)さらに、被告のいうように昭和二十四年四月二十六日附所有権移転登記を抹消したのが誤りであり、本件登記はこれを回復するためのものであるとすれば、不動産登記法第六十五条に基き回復登記の申請をなすべきであつて所有権移転登記をしたのは違法である。

よつて、原告は本件不動産の所有者として、被告の嘱託によつてなされた上叙違法の登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、

被告指定代理人は「主文第一項と同旨及び訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

(一)  本件不動産が元訴外亡森田米治郎の所有であつたこと、右不動産について原告主張の如き各所有権移転登記及び移転登記の抹消登記がなされていることはいずれもこれを認める。しかしながら、被告国は右不動産を森田米治郎から財産税に対する物納申請に基いて適法に収納し、その所有権を取得したのでこれが所有権移転登記を経由したものであつて、何等違法の登記ではない。

(二)  すなわち、森田米治郎は財産税法の規定に基き、昭和二十二年二月二十四日所轄大津税務署長に対して右米治郎外五名にかかる財産税課税価格等申告書を提出し、その価格を合計金二八七、七二六円と申告するとともに、同日右申告課税価格に対する財産税額八九、二四九円三〇銭のうち金八七、九七〇円については、これを本件不動産を含む宅地建物国債等による物納とするため、財産税物納並びに納付猶予申請をした。よつて、税務署長は右申請を審査の結果、同年七月二十八日物納申請額中八七、九三〇円九〇銭について物納を許可し、八月八日附で物納許可通知書を米治郎に送達した。そして同年九月二十二日、右物納許可分のうち国債一〇六円四〇銭及び国債以外の有価証券二六〇円を米治郎の財産税物納として収納したが、物納不動産については、その後の調査により本件係争物件以外の物件は、一部はすでに他へ売却されて登記簿上他人名義になつており、他は米治郎の債務のため抵当権設定登記がなされていて、物納財産として収納し得ないことが明かとなつたので、昭和二十四年三月十六日これら不動産に対する前記物納許可を取消し、残りの本件係争不動産についてのみ同年四月二十五日物納許可による所有権取得の登記を所轄大津地方法務局(当時は大津司法事務局)に嘱託し、翌二十六日受附第八三五号をもつてその登記がなされた。しかるところ、米治郎は昭和二十六年四月二十三日になつて、すでに財産税物納物件として国が収納した本件不動産の物納を撤回し、金納に改めたい旨を申出でるに至り、当時米治郎と面接した本件大津税務署の浜村事務官は米治郎に同情するの余り、たまたま右物納不動産が未だ物納による国有財産として所轄官庁(近畿財務局)への引継を完了していなかつたのを奇貨として、同人の乞を容れ、その物納価格に対応する金納をすみやかに履行する確約の下に、一応前記昭和二十四年四月二十六日の所有権移転登記を抹消することを承諾し、同日ほしいままに右の登記が嘱託の錯誤によるものとしてこれが抹消登記方を大津地方法務局に嘱託し、右登記を抹消したのであつて、もとより当初の物納による所有権移転登記の嘱託には何等の誤もあつたわけではないから、この抹消登記の嘱託が全く理由のないものであることはいうまでもない。大津税務署長は、その後昭和二十六年九月十三日に至つて本件物納不動産が所管官庁へ引継未了のまま放置され、しかもこれが所有権移転登記も上述の如く抹消されている事態を発見し、調査の結果前記のような抹消に干する事情を知るに至つたので直ちにこれを回復するため、同日附をもつて再び当初の財産税物納を原因として所有権移転登記の嘱託をして、その登記を完了したものである。

(三)  以上述べたとおり、本件不動産は森田米治郎からの財産税に対する物納申請に基いて国が収納したものであつて、これが収納手続にはいささかも違法の点はなく、また大津税務署長において本件財産税物納許可を取消した事実も全然ない。ただ被告側の錯誤による抹消登記の嘱託により当初なされた物納による所有権取得の登記が抹消されたことがあるにすぎない。しかして、大津税務署長においてその後右抹消登記の事実を発見した際、実体上の権利関係と登記簿上の表示の不一致を是正するための登記手続として回復登記をなし得ることはいうまでもないが、必らずしもそれによらねばならない理由はなく、改めて当初の物納許可を原因として新規の所有権移転登記をすることも、それが真実の権利関係を登記簿上に公示するものである以上これを違法とすべき理由はない。回復登記の方法によるときは抹消の当初に遡つて抹消なかりしと同様の効果を生ずるのに対し、所有権移転登記の場合は、そのような遡及的効力を伴わないという違いがあるにすぎない。

と述べた。

<証拠 省略>

理由

別紙目録記載の不動産がもと訴外亡森田米治郎の所有であつて、同訴外人の納付すべき財産税につき、昭和二十二年七月二十八日右不動産の物納があつたとしてこれを原因とする原告主張の如き所有権移転登記がなされていることは当事者間に争がない。

ところで、原告等は、森田米治郎においてかかる物納をしたことはないと主張するので、まずこの点について考察するに・成立に争のない乙第一号証、その附属書類たる物納財産目録に原告森田いつ本人尋問(第二回)の結果により右米治郎の筆跡であると推認される「不動産物納で願升」との記載があることからして米治郎の意志に基いて作成されたものと認むべき同第二号証、その方式及び趣旨により真正なる公文書と推定される同第三、五、六、七号証、証人岡部俊雄同浜村金之助の各証言竝びに本件不動産以外の国債等の物納については原告等が何等これを争つていない事実等を総合するときは、森田米治郎は財産税法の規定に基き昭和二十二年二月二十四日所轄大津税務署長に対して右米治郎外五名にかかる財産税課税価格等申告書(乙第一乃証)を提出し、その価格を合計金二八七、七三八円と申告するとともに、その頃右申告に基く財産税の納付については自己の所有不動産及び国債等による物納をなすべき旨を申出たので、係員において右米治郎の申出に基き同人所有の宅地建物及び国債等の物納申請に関する同日附財産税物納並びに納付猶予申告書(乙第二号証)を作成してこれが手続をなし、これが審査の結果、同年七月二十八日物納許可額八七、九三〇円九〇銭として許可決定があり、当時その許可通知書が米治郎に送達されたこと、而して、右物納物件のうち国債等の有価証券については同年九月二十二日物納許可による収納手続を了したが、不動産については、これが収納に関する調査中すでに他へ抵当権設定の登記がなされ、また売買に因り他人名義に所有権移転登記手続を経由されたもののあることが判明したので、これら一部の物件については昭和二十四年三月十六日附をもつて前記物納許可が取消され、残余の別紙目録記載の宅地建物のみにつき同年四月二十六日附をもつて本件物納を原因とする所有権移転登記手続がなされたこと、しかるところ、その後昭和二十六年四月頃になつて、森田米治郎より本件不動産の物納を金納に改めたい旨の申出があり、当時右不動産については未だ所轄官庁たる近畿財務局に対する国有財産引継ぎの手続が完了していなかつたので、米治郎と応接した浜村事務官は同人の乞を容れて金納をすみやかに履行する確約の下に便宜上叙所有権移転登記を抹消することを承諾し、同月二十六日右登記の嘱託が錯誤による理由に基き大津地方法務局に対してこれが抹消登記の嘱託をなし、よつてその抹消登記がなされ、爾来米治郎からは該物納に代る金納がないまま放置されていたととろ、昭和二十六年九月頃に至つて大津税務署長は右登記が抹消、されていることを発見し、かつこれが抹消に関する前記事情が判明したので、直ちにこれを回復するため同日改めて所轄法務局に当初の物納による所有権移転登記の嘱託をなし、該嘱託に基いて本件登記がなされたものであることを認めることができる。証人吉住岩蔵の証言及び原告森田いつ本人尋問の結果によるも右認定を覆えすに足りない。

かくて以上の事実からすれば、本件不動産については森田米治郎よりその財産税納付のためにする物納の申請があり、右申請に対して被告より物納許可がなされたものであつて、ここに本件不動産の物納は有効に成立し、従つてこれに基く所有権移転登記もまた適法のものといわねばならない。もつとも本件弁論の全趣旨によれば、本件物納不動産の選定につき森田米治郎の意図と税務係員の措置との間に多少疏通を欠くところがあつたのではないかと推察される点がないではないが、米治郎がその所有不動産による物納の申告をしながらこれが細かい手続を係員に一任したものと考えられる前段認定の事実からすれば、右係員の物納物件選定について多少米治郎の内心に添わないところがあつたとしても、その物納申請が全然米治郎の意思に基かないものとしてこれに対する物納許可を無効のものと断ずるのは妥当でない。

次に原告等は、本件物納由請はその後当事者の合意により取消されたと主張する。しかしながら物納は物件の所有者本人からその申請があり、これに対する税務署長の許可によつてその効力を生ずるものであつて、右物納許可は一種の行政処分と解すべきであるから、これが取消されるためには、その権限官庁による取消処分を必要とするものであるところ原告等の提出にかかる甲第二号証によつては未だかかる権限官庁による取消処分のなされた事実を認めるに足らず、他にこれを証すべき何等の証拠がないので、右主張は採用できない。

なお原告等は、本件の場合の如く先ず物納による所有権移転登記があり、次でその抹消登記手続がなされている場合において、右抹消登記が誤りであるとして最初の登記を回復するには不動産登記法第六十五条の定める回復登記の方法によるべきであつて、移転登記をするのは違法であると主張するが、上叙の場合に回復登記をなし得ることはいうまでもないところであつて、この方法によるときは、当初に遡つて登記の抹消がなかつたと同一の効果を生ずるのに対し、所有権移転登記にはかかる遡及的の効果がないというだけのことである。両者とも不動産に干する実体上の権利干係を公示する方法として設けられた制度であるから、実の権利干係に符合する以上所有権移転登記の方法によるも何等違法ではない。故に右主張もまた理由がない。

されば本件所有権移転登記が無効のものであるとする原告等の主張が理由なきことはすでに明かであるから、爾余の点の判断をまつまでもなくこれを失当として棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫)

目録<省略>

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